「ちゃんと寝ているのに疲れが取れない」——漏斗胸の方から、この言葉を聞くことがあります。当サイトでは以前、漏斗胸と睡眠時無呼吸の関係を扱いました。今回は睡眠時無呼吸に限らず、「睡眠の質」に関する研究と、自分の記録の読み方を扱います。
材料は 2 つあります。漏斗胸の成人を手術の前後で脳波レベルで比べた論文と、私自身が Apple Watch で 64 夜分ためた睡眠の記録。先に結論を書くと、論文を自分の記録に当てはめようとして、当てはめられないことが分かった——この記事は、その「判断できる範囲の限界」の話です。
この記事で言わないこと
- 「漏斗胸だと睡眠が悪い」「深い睡眠が少ない」とは言いません。後述の通り、そう判定できる材料がないからです
- 睡眠薬・サプリ・寝具の推奨はしません
- 手術を勧めるものでも、勧めないものでもありません
研究で観察された、手術前後の睡眠指標の変化
台湾のグループが、成人の漏斗胸患者 28 名に対して、Nuss 手術の前と術後 6 ヶ月に終夜ポリソムノグラフィ(PSG・脳波を含む睡眠検査)を行いました。
成人漏斗胸患者における Nuss 手術後のポリソムノグラフィ上の客観的睡眠の質の改善
| 指標 | 術前 | 術後 6 ヶ月 | p 値 |
|---|---|---|---|
| 主観的な睡眠の質(PSQI・中央値・低いほど良い) | 7 | 5 | 0.029 |
| 睡眠の質が悪いと判定された参加者の割合 | 64.3% | 35.7% | 0.048 |
| REM 睡眠の割合(中央値) | 15.6% | 20.4% | 0.016 |
| 覚醒指数(睡眠中の短い覚醒反応の頻度・中央値) | 9.5 | 8.2 | 0.045 |
| 日中の眠気(ESS) | — | — | 0.955 |
※ ESS は術前後で有意な変化が検出されませんでした(p=0.955)。
この 28 名では、術後 6 ヶ月に REM 睡眠の割合の増加と、覚醒指数の低下が観察されました。同じ台湾のグループによる先行研究(Cheng 2018)は、研究に参加した漏斗胸患者の睡眠時無呼吸の有病率が、一般人口の既報値より高い可能性を報告しており、「漏斗胸と睡眠の関連」を示唆する研究は複数あります。
漏斗胸患者における閉塞性睡眠時無呼吸有病率の上昇:パイロット研究
ただし、限界を先に押さえておきます。
- 対照群のない前後比較です。手術という出来事や時間経過の影響を分けられず、胸郭の形状が変わったことによる影響とは断定できません
- REM の割合の増加を、そのまま睡眠量の回復や疲労回復とは読めません
- 深睡眠(徐波睡眠)の結果は抄録に記載がありません。 変化の有無も、統計的な有意差も、抄録からは確認できません
私の記録:論文を当てはめようとして、当てはめられなかった
時計の推定値を、研究の測定値と同一視しない
つまり、私の 64 夜から言えることは、かなり限られます。
- 時計の「深い睡眠」の表示には、日ごとの変動がありました(25〜63 分)。ただし、その差が実際の睡眠段階の変化をどの程度反映するかは分かりません
- 漏斗胸との関係も、室温・カフェイン・就寝時刻との関係も、この記録だけでは判断できません
- REM も深睡眠も、「正常」「少ない」と判定できる材料はありません
「漏斗胸と睡眠の質」は、関連を示唆する研究がある段階です。ただ、この研究と私の記録から、個人の疲れや睡眠段階の特徴を漏斗胸に結びつけることはできません。 それが、当てはめようとして分かったことです。
それでも「疲れが取れない」なら
漏斗胸のせいだと決める前に、できることがあります。
- いびきや呼吸が止まるという指摘、日中の強い眠気は、相談時に伝えたい情報です。漏斗胸と睡眠時無呼吸の関係で扱った研究では、肥満のない参加者にも睡眠時無呼吸がみられました。これらの兆候がなくても、疲れが続く・生活に支障があるなら、医療機関(睡眠外来・呼吸器内科など)で相談できます。いびきが目立たない睡眠時無呼吸もあるため、兆候の有無だけで自分で除外しないでください
- 記録するなら、時計の睡眠段階だけでなく、就寝・起床時刻、休めた感覚、日中の困りごとを簡単に残す方法があります。これらも、相談時に伝える情報になります
- 数字を見ることが負担になるなら、毎朝確認する必要はありません。私はセルフケア記録で週ごとの睡眠時間だけを公開しています。日ごとに並べないのは、日々の上下が「効果」や「悪化」として読まれてしまうためです
まとめ
- Yang 2020:成人漏斗胸 28 名で、Nuss 手術の術後 6 ヶ月に REM 割合の増加と覚醒指数の低下が観察された(前後比較・対照群なし・深睡眠の結果は抄録に記載なし)
- 私の 64 夜:時計の表示を論文の値と並べようとして、数字は並べられても、それだけで自分の睡眠は評価できないと分かった。論文を支持も反証もしない
- 時計の睡眠段階は PSG と同じ尺度ではない。時計の値で自分を判定しない
- 疲れが続くなら、兆候の有無で自己判定せず相談できる。記録するなら生活側の情報を