吸引ベル(バキュームベル)を続けて、鏡の中の凹みが少し浅くなった。 そう感じたとき、体では何が起きているのでしょうか。
素直に考えれば「胸の骨が持ち上がった」と思います。私もそう思っていました。 ところが、2025 年末から 2026 年にかけて発表された 2 つの研究は、そこにもうひとつの要素があることを示しました。
先に結論
- 2025 年末から 2026 年にかけて、吸引ベル使用後の胸壁を画像で詳しく調べた研究が 2 本発表されました
- どちらも、前胸壁または陥凹部の皮下脂肪層が厚くなる所見を報告しています(一致点)
- 一方(47 名・CT・年齢中央値 7 歳)では、胸郭骨格側の指標にも改善が認められました(Haller index 3.6 → 3.2)。ただし表面の改善 4.0 mm > 骨格側の改善 1.4 mm で、著者らは骨格と脂肪の**「二重の機序」**と結論
- もう一方(19 名・MRI・年齢中央値 14.8 歳)では、Haller index に有意な変化が検出されませんでした(5.4 → 5.3・p = 0.40)。この集団では脂肪の増加が変化の主要部分を説明した可能性
- つまり「軟部組織(脂肪)も確かに関わっている。ただし骨と脂肪がどの割合で関わるかは、まだ十分に分かっていない」
- これは「効かない」という意味ではありません(後述)
「凹みが浅くなった」を分解する
両研究に共通する着眼点は、2 つの数字を分けて測ったことです。
| 測ったもの | 何を表すか |
|---|---|
| Haller index | 胸郭内部の横径と前後径の比。胸郭変形の代表的な画像指標 |
| 陥凹の深さ(表面) | 体表側から見た凹みの深さ。外観上の凹みにより近い指標 |
ふつう、この 2 つは連動すると思われています。骨が持ち上がれば、見た目の凹みも浅くなるはずだからです。
しかし実際に測ると、2 つは同じだけ動いてはいませんでした。
研究 1:骨格側の指標も改善したが、表面の改善のほうが大きかった
漏斗胸患者における吸引ベル療法の胸壁皮下脂肪への影響
北京児童病院の研究チームが、吸引ベル療法を受けた 47 名(年齢中央値 7.0 歳・範囲 1〜14 歳)を、治療開始時と 1 年後の CT で比較しました。
ここまでは「骨格側にも変化があった」という話です。しかし同時に、こういう結果も出ました。
- 前胸壁の皮下脂肪厚が 45 名(95.7%)で増加:4.0 ± 2.1 mm → 7.6 ± 3.3 mm
- 表面の陥凹の改善は 4.0 ± 3.3 mm、一方で骨格側の改善は 1.4 ± 3.8 mm
つまり、骨格側の改善量よりも、表面から見た改善量のほうが大きかった。 そして同時に、前胸壁の皮下脂肪層も厚くなっていました。 著者らはこの結果から、外観上の改善には骨格の変化だけでなく脂肪層の増加も寄与したと解釈しています。
なお、これらはいずれも集団の平均・中央値であり、単純に差し引いて「脂肪が何 mm ぶん埋めた」と個人に当てはめられるものではありません。言えるのは、骨格側の変化だけでは表面の改善量を十分に説明できない結果だったということです。
著者らはこれを dual mechanism(二重の機序) と呼び、「吸引ベル療法は有効であり、見た目の改善は骨格のリモデリングと脂肪の肥厚の両方によって生じる」と結論しています。
研究 2:骨格の変化が検出されなかった集団
吸引ベル療法の隠れた機序:思春期漏斗胸における見た目の改善は局所的な脂肪肥厚によって生じる
ドイツの研究チームは、吸引ベルを 1 年以上続けた 19 名(年齢中央値 14.8 歳・男性)を、MRI で治療前後比較しました(治療期間の中央値 1.8 年)。
一方で、体表から見た陥凹の深さは有意に減少していました(p = 0.009)。 そして陥凹部位の皮下組織が 中央値 6.5 mm 増加(胸壁の側方部は 0.5 mm)。 脂肪を選んで映す MRI(Dixon 法)で、増えた組織は脂肪と確認されました。
陥凹部では 6.5 mm 増えたのに、その脇では 0.5 mm しか増えていない——増加が陥凹部に偏っていたことになります。この分布は吸引ベルとの関連を示唆しますが、対照群がないため、吸引ベルが脂肪増加を引き起こしたとまでは確定できません。
著者らは、この 19 名について「見た目の改善は主に局所的な脂肪組織の肥厚によって生じており、骨格のリモデリングの寄与ははるかに小さいと考えられる」と解釈しています。
2 つを並べると何が言えるのか
一見すると、2 つの研究は食い違って見えます。しかし大事な一致点があります。
| 研究 1(Zhang 2026) | 研究 2(Feng 2026) | |
|---|---|---|
| 人数 | 47 名 | 19 名 |
| 年齢(中央値) | 7.0 歳 | 14.8 歳 |
| 治療前の Haller index | 3.6(中等度) | 5.4(HI 上は重度寄り) |
| 撮像 | CT | MRI(脂肪と骨を区別) |
| 骨格側の指標 | 改善(3.6 → 3.2) | 有意な変化は検出されず |
| 脂肪 | 増加(4.0 → 7.6 mm・95.7%) | 増加(陥凹部 +6.5 mm) |
| 著者らの結論 | 骨格+脂肪の二重機序 | 主に脂肪 |
異なる年齢層と画像法を用いた 2 研究で、前胸壁または陥凹部の皮下脂肪層が厚くなる方向の所見が共通して報告されました。 これは脂肪の関与を支持する再現性のある所見ですが、2 研究だけで一般的な機序が確定したわけではありません。 異なるのは、骨格側の変化がどれだけ検出されたかです。
したがって、骨格の変化と軟部組織の変化は排他的に起きるのではなく、割合を変えながら併存する可能性があります。
これは「効かない」という意味ではありません
ここは誤解されやすいので、はっきり書きます。
なお、体表の陥凹が浅くなったことは客観的な測定値ですが、本人がどれだけ変化を実感したか・満足したか・生活が変わったかを測った結果ではありません。そこは別の問題として残ります。
年齢の上限について
吸引ベルは従来「12 歳未満で最も効きやすい」とされてきました。骨格が柔らかいうちのほうがリモデリングしやすい、という理屈です。
Feng 2026 の著者らは、外観の変化が軟部組織由来なら骨格の柔軟性だけで適用年齢を考える必要はない可能性を指摘し、美容的な外観変化を目的とする場合には、従来想定されてきた年齢閾値を超えて使用を検討できる可能性があると述べています。
ただし、ここは慎重に読む必要があります。
つまり、次の 3 つは分けて考える必要があります。
- 研究結果:思春期男性 19 名で、陥凹部の局所的な脂肪増加が認められた
- 著者の解釈:美容目的なら、従来の年齢閾値を超えた使用も検討できる可能性がある
- 未検証:成人(特に 20 代以降)で同じ変化が得られるかは不明
2 つの研究の限界
共通する限界
- どちらも対照群のない観察研究です。因果関係を確定できません
- どちらも治療を継続できた症例のみが対象=中断例・離脱例を含まない選択バイアスがあります
- どちらも成長期の小児・思春期が対象で、成長に伴う体組成の変化を分離できていません
- 治療をやめた後に脂肪の増加が維持されるかは、どちらからも分かりません
研究 1(Zhang 2026)
- 47 名・年齢中央値 7.0 歳の小児。成人にそのまま当てはまりません
- 前胸壁脂肪厚の変化を予測する有意な因子は同定されませんでした
研究 2(Feng 2026)
- 19 名・男性のみ・後ろ向き。治療前 Haller index 5.4 と、HI 上は重度の変形を含む集団です
- MRI で分かるのは主に脂肪層が厚くなったことであり、脂肪細胞が大きくなったのか数が増えたのかまでは分かりません
当事者として、どう受け止めたか
正直に言うと、最初に「増えていたのは脂肪だった」という見出しの論文を読んだときは、少し気が抜けました。 「骨が持ち上がる」と思って続けている人にとって、いい知らせには聞こえないからです。
ただ、2 本目(Zhang 2026)を読んで見方が変わりました。 そこでは骨格側の測定値にも変化が認められていたのです。ただ、表面の改善量のほうが大きかった。つまり「骨か脂肪か」ではなく、「骨も脂肪も」だった。
そして当サイトでは繰り返し、胸の形の数値と、当事者のつらさは連動しないことを扱ってきました(軽度でも苦しい理由)。だとすれば、「Haller index がどれだけ動いたか」だけを成績表にする必要もないのかもしれません。
胸郭内部の指標が動くことと、外から見える凹みが変わること。 自分がどちらを求めているのかを分けて考えると、この研究の受け止め方も変わってくると思いました。 ただし、これらの研究は本人の満足度や生活の変化までは測っていません。そこは、医療者と相談しながら、自分にとっての変化を別に確かめていく必要があります。
大切な但し書き
- 本記事は特定の研究の紹介であり、吸引ベルの推奨・非推奨を意図するものではありません
- 紹介した 2 研究は対照群のない観察研究(19 名・47 名)です。因果関係を確定するものではありません
- 吸引ベル療法は日本では一般に保険適用外で、自費診療として扱われます。使用には医療機関での評価が推奨されます。皮膚のトラブル・痛み・あざなどの報告もあります
- 使用の可否・期待できる変化は個人差が大きく、必ず医療機関で相談してください
まとめ
- 2025 年末〜2026 年の 2 研究は、いずれも吸引ベル使用中に前胸壁または陥凹部の皮下脂肪層が厚くなる所見を報告した
- Zhang 2026(47 名・CT・7 歳):Haller index など骨格側の指標にも改善(3.6 → 3.2)。ただし表面の改善 4.0 mm > 骨格側の改善 1.4 mm → 著者らは骨格と脂肪の二重の機序と結論
- Feng 2026(19 名・MRI・14.8 歳):Haller index に有意な変化は検出されず(5.4 → 5.3)。この集団では脂肪増加が変化の主要部分を説明した可能性
- 脂肪層増加の所見は 2 研究で共通。骨格側の変化の検出は一致していない——その理由(年齢・重症度・測定法・デザイン)はまだ分かっていない
- どちらも「効かない」とは述べていない。Zhang 2026 は明確に「有効」と記載
- 年齢について:著者らは従来の閾値を超えた使用の可能性を指摘するが、成人での有効性は検証されていない
吸引ベルそのものの効果・年齢・続け方の全体像は漏斗胸の吸引ベル(バキュームベル)とはに、手術も含めた選択肢の整理は漏斗胸は治せる?にまとめています。