漏斗胸の手術について調べていると、こういう説明によく出会います。

「手術で凹みは改善し、症状や見た目の悩みも良くなることが多い」

では、その根拠は何でしょうか。 実は、手術と非手術を無作為に割り付けて比較するランダム化比較試験(RCT)は、これまで行われていませんでした

その空白を埋めるための試験が、いまイングランドで進められています。試験は 2024 年に開始され、2025 年 12 月に研究計画を記したプロトコル論文が公開されました。つまり公開されたのは結果ではなく、どう調べるかの計画です。

先に結論

  • 漏斗胸手術には多くの症例集積や術前後の研究がありますが、手術と非手術を無作為に割り付けて比べるランダム化比較試験(RCT)はありませんでした
  • イングランドの NHS で、そのための試験(RESTORE)が進行中です(2024 年開始・プロトコル論文は 2025 年 12 月公開)
  • 1 年後の日常生活上の身体機能を主な評価項目とし、運動能力・生活の質・不安や抑うつ・費用対効果まで測ります
  • 2025 年のプロトコル論文では無作為化する人数は 200 人、一方現在の研究登録情報では全体目標が 300 人と記載されており、公開資料間で人数の表記が異なります
  • 現時点で結果は出ていません。この記事は「何が確かめられようとしているか」の紹介です
  • 結果を待つあいだも、判断の材料が何もないわけではありません(後述)

なぜ「比較した研究がない」ことが問題なのか

漏斗胸の手術(Nuss 法など)には、長年の実績があります。 たとえば

Nuss 法による漏斗胸低侵襲修復 21 年・1215 例の経験

詳細を見る → のように、21 年間に実施された 1215 例をまとめた大規模な症例集積も存在します(同じ患者を 21 年追跡した研究ではなく、施設の経験を集約したものです)。

では何が足りないのか。 「手術を受けなかった人」との比較です。

手術を受けた人の経過を追う研究は、次のことを教えてくれます。

  • 手術後、どれくらいの人で凹みが改善したか
  • どんな合併症が、どのくらいの頻度で起きたか
  • 術後に症状や満足度がどう変わったか

しかし、これだけでは答えられない問いがあります。

これは漏斗胸に限った話ではなく、医療全般で使われている考え方です。 そして漏斗胸の領域では、少なくとも手術と非手術を無作為に割り付ける比較は、これまで行われていませんでした(非手術例と比べた観察研究がまったく無い、という意味ではありません)。

RESTORE 試験:何を確かめようとしているのか

B RCT・前向き観察 general

重度漏斗胸に対する手術 vs 保存的管理(RESTORE):多施設ランダム化比較優越性試験のプロトコル

Maier R et al. · 2025 · BMJ Open
・漏斗胸に対する手術の有効性を、保存的管理と比較する史上初のランダム化比較試験(RCT)のプロトコル
・英国 NHS の約 12 の心臓胸部外科センターで、12 歳以上の重度漏斗胸 200 名を登録予定
詳細を見る →

2025 年 12 月、英国の研究チームが試験の計画を論文として公開しました。 RESTORE 試験といいます。

論文の冒頭で、著者らはこう述べています。

漏斗胸を矯正し身体機能を回復させる手術の有効性は、高品質な比較エビデンスの不足により、広く議論されている

つまり「手術は効くはずだ」と前提を置かず、それをこれから確かめるという立場です。

試験の設計

項目内容
対象12 歳以上・重度の漏斗胸
無作為化する人数200 人(2025 年プロトコル)
登録情報上の全体目標300 人(2026 年 7 月 28 日確認)
施設イングランドの NHS 心臓胸部外科センター 約 12 施設を予定(同日時点の登録情報では 10 施設が掲載)
割付1:1 で無作為(3 ヶ月以内に手術 / 主要評価までは手術を行わず保存的に経過を見る
主要評価1 年後の日常生活上の身体機能の変化(SF-36v2 の身体機能スコア)

何を測るのか

主要評価が「凹みがどれだけ治ったか」ではない点が、この試験の重要なところです。 測るのは、日常生活を送るうえでの身体機能——具体的には SF-36v2 という質問票で、本人が回答する身体機能のスコアです。 運動負荷試験の数値(VO2peak)そのものではなく、そちらは副次評価として測られます。

そのうえで、次の項目も評価されます。

  • 運動能力:心肺運動負荷試験による VO2peak(最大酸素摂取量)の変化
  • 生活の質:EQ-5D-5L・SF-36v2
  • 不安と抑うつ:HADS(病院不安抑うつ尺度)
  • 漏斗胸に特有の症状:専用の質問票
  • 有害事象・合併症
  • 胸郭の形の変化Haller index・Compression index
  • 費用対効果:1 年時点での QALY(質調整生存年)あたりの増分費用

つまり、身体・心・お金の 3 方向から、手術という選択肢を評価しようとしています。

この試験から「まだ言えないこと」

ここは強調しておきたい部分です。

さらに、結果が出た後も、次の点には注意が必要です。

  • 対象は重度の漏斗胸に限られます。軽度〜中等度の人にそのまま当てはまるとは限りません
  • イングランドの NHS での試験です。日本の医療環境・保険制度・受けられる術式とは条件が異なります
  • 参加者は無作為に割り付けられた人たちです。「自分で考えて手術を選んだ人」の経過とは意味が違います
  • 主要評価は1 年後です。それより長期の経過は、この試験だけでは分かりません
  • ひとつの試験だけで、軽症例・長期の転帰・個人差・術式ごとの違いのすべてが解決するわけではありません

結果を待つあいだ、私たちは何を手がかりにするのか

「決定的な証拠はまだない」と聞くと、判断のしようがないように感じるかもしれません。 ただ、材料がまったくないわけではありません

現時点で分かっていること(と、その限界)を並べると、こうなります。

分かっていること出典・限界
Nuss 法の大規模症例集積では、解剖学的な結果が良好〜非常に良好と評価された例が多いKelly 2010。ただし評価は著者らによるもので、比較群がありません
個別の術前後研究には、矯正後の心肺フィットネス改善を報告したものがあるただし Media 2025 が質を評価して統合すると、交絡調整後は有意な改善を示せませんでした(+0.74 mL O2/min/kg・p = 0.29)
心肺フィットネスへの効果は、現時点で確定していない同レビュー。採用された 15 研究すべてが非ランダム化で、重大〜致命的なバイアスリスクと評価された
術前後の心理質問票では、一部の平均得点が低下した報告があるLuo 2017対照群なし・原著内に記述の不整合あり。術前に基準値以上だった 153 人中 76 人は術後も基準値以上(詳細
日本の手術予定患者を調べた一研究では、胸郭変形の重症度と心理指標に有意な相関が認められなかったMatsuda 2024横断研究であり、無相関を確定するものではありません解説
手術には合併症のリスクがある気胸・慢性疼痛・バー位置の変位など(Nuss 法の解説

この表で目を引くのは、心肺フィットネスの行です。 個別の研究には「良くなった」という報告があるのに、質を評価してまとめると確かな改善を示せない。 だからこそ、RESTORE のようなランダム化比較試験が必要とされている——という流れになっています。

こうして並べると、判断の形が見えてきます。

「手術が効くというエビデンスが確立していない」ことは、「手術に意味がない」という意味ではありません。 同時に、「実績が長いから確実だ」とも言えない、ということです。

だからこそ、実際の判断は「症状がどれだけ生活を損なっているか」「何を期待して手術を受けるのか」「リスクをどう受け止めるか」を、医師と一緒に個別に検討する形になります。 その材料の整理は漏斗胸の手術を迷ったときに読むにまとめています。

当事者として、この試験をどう受け止めたか

正直に書くと、私はこの試験の存在を知ったとき、少し安心しました。

漏斗胸について調べていると、「手術で治る」という断定と、「手術しても意味がない」という否定の、両極端な言い分に挟まれることがあります。どちらも自信たっぷりに語られるので、当事者は判断の足場を失います。

RESTORE の論文は、そのどちらでもありません。 「まだ分かっていない。だから確かめる」と、専門家自身が言っている。

答えが出るまで時間はかかります。結果を待てる人ばかりではありません——いま症状で困っている人が、試験の結論まで判断を保留する必要はまったくありません。

それでも、自分の身体に関する問いが、いま世界のどこかで真面目に調べられている。その事実自体が、「分からないのは自分の調べ方が足りないからではない」と思える支えになりました。

大切な但し書き

  • 本記事は進行中の臨床試験の計画を紹介したものであり、手術の推奨・非推奨を意図するものではありません
  • 紹介した試験は結果が公表されていません。有効性について結論は出ていません
  • 手術の適否は個人の状態によって大きく異なります。必ず主治医と相談してください
  • 気分の落ち込みが続く、日常生活に支障が出ている場合は、手術の検討とは別に精神科・心療内科などへの相談を検討してください

まとめ

  • 漏斗胸の手術には長年の実績があるが、手術と非手術を比較するランダム化比較試験(RCT)はこれまでなかった
  • イングランドの NHS で、そのための試験(RESTORE)が進行中(2024 年開始・プロトコル論文は 2025 年 12 月公開)
  • 主要評価は 1 年後の日常生活上の身体機能(SF-36v2)。運動能力・生活の質・不安抑うつ・費用対効果も測る
  • 結果はまだ出ていない。この試験から「効く/効かない」は現時点で言えない
  • 対象は重度・イングランド・1 年後の評価という限定つきで読む必要がある
  • 既存研究では、心肺フィットネスへの効果は質を評価して統合すると確定していない(Media 2025)
  • 結果を待つあいだも、既存の研究とその限界を並べれば、判断の足場は作れる

「まだ分かっていないことを、分かっていないと認めたうえで確かめにいく」——この試験の姿勢そのものが、漏斗胸の情報に向き合うときの参考になると思います。

漏斗胸の全体像は漏斗胸とは?から、手術以外にできることは漏斗胸は治せる?大人が手術なしでできること・できないことから読めます。