このサイトは 70 本以上の記事で、同じ整理を繰り返してきました。

「胸郭変形そのものと、姿勢や生活上の変化は、分けて考えたほうがいい」

これは論文の裏づけが薄いまま、実践家の観察と一般論から導いていた整理でした。運動療法について、対照群を置いて確かめた研究がほとんどなかったからです。

2026 年、その形の試験が出ました。

先に結論

  • 漏斗胸の思春期患者 35 名を、吸引ベル単独(16 名)吸引ベル+運動療法(19 名)の 2 群に分けた対照臨床試験が 2026 年に発表されました
  • 運動追加による有意な上乗せ差が確認されたのは、矢状面の脊柱姿勢(頭頸角・胸椎角・胸腰椎角・腰椎角)と、漏斗胸に関する生活の質(Nuss Questionnaire)です
  • 一方、変形重症度の指標・胸郭の可動性・脊柱の可動性・筋持久力・一般的な QOL では、明確な上乗せ差が確認されませんでした
  • 🔴 「上乗せ差が確認されなかった」は「何も変化しなかった」という意味ではありません。 両群とも吸引ベルを使っており、それぞれの群が前後でどう動いたかは、この比較とは別の話です
  • 🔴 両群とも吸引ベルを使用しています。これは「運動単独の効果」を示した研究ではありません
  • ランダム化されていない・n = 35・思春期が対象・単一施設という限界があります
  • 用いられた Schroth 法は本来側弯症向けの手技で、日本で漏斗胸に対して同じ指導を受けられるとは限りません

何を比べた研究か

B RCT・前向き観察 physical-improvement

漏斗胸の思春期患者における Schroth ベース運動療法の効果:対照臨床試験

Kandemir B et al. · 2026 · Prosthetics and Orthotics International
・漏斗胸の思春期患者 35 名を 2 群に分けた対照臨床試験(吸引ベル+Schroth ベース運動 19 名 / 吸引ベル単独 16 名)
・🔴 有意な群 × 時間交互作用が出たのは「矢状面の脊柱姿勢」と「疾患特異的 QOL」の 2 領域のみ
詳細を見る →

トルコ・ハジェテペ大学の理学療法リハビリテーション学部と胸部外科が共同で行った対照臨床試験です。

対象漏斗胸の思春期患者 35 名
群分け吸引ベル+Schroth ベース運動:19 名 / 吸引ベル単独:16 名
変形の重症度人体計測指数(体表からの計測)
姿勢側面写真から矢状面の角度を解析
胸郭の可動性胸囲
脊柱・腰部の可動性sit and reach・modified Schober テスト
筋持久力sit-up・lateral bridge テスト
疾患特異的 QOLNuss Questionnaire(子ども版・保護者版)
一般的な QOLPediatric Quality of Life Inventory

測っている領域が広いのがこの研究の良いところです。「どの領域で上乗せ差が出て、どの領域で出なかったか」を切り分けられます。

結果:上乗せ差が集中した領域と、しなかった領域

群 × 時間の交互作用
矢状面の脊柱姿勢
 頭頸角有意(p = 0.022)
 胸椎角有意(p < 0.001)
 胸腰椎角有意(p = 0.002)
 腰椎角有意(p < 0.001)
疾患特異的 QOL(Nuss Questionnaire)
 子ども版・身体機能有意(p = 0.005)
 子ども版・総得点有意(p = 0.034)
 保護者版有意(p = 0.024)
変形重症度の指標(人体計測)有意な上乗せ差は確認されず(p > 0.05)
胸郭の可動性同上
脊柱・腰部の可動性同上
筋持久力同上
一般的な QOL同上

有意な群間差が集中したのは、矢状面姿勢疾患特異的 QOL という 2 つの領域でした。

この分かれ方が意味すること

運動追加による上乗せ差が確認された
  → 矢状面の脊柱姿勢・疾患特異的 QOL

運動追加による上乗せ差が確認されなかった
  → 変形重症度の指標・可動性・筋持久力・一般 QOL

ここで慎重にしておきたいのが、変形重症度の扱いです。

この研究の変形重症度は、CT による深さの計測でも Haller index でもなく、**人体計測指数(体表からの計測)**で評価されています。ですから「凹みそのものが動かなかった」とまでは言えません。あくまで、この研究で用いられた体表からの重症度指標において、運動追加による上乗せ差が確認されなかった——という範囲の話です。

当サイトが使ってきた「胸郭変形そのものと、姿勢や生活上の変化を分けて考える」という整理と、この結果は部分的に整合します。ただしこれは、特定の運動療法と吸引ベルを組み合わせた小規模試験であり、一般的な筋トレや姿勢運動すべてを裏づけるものではありません

そしてもう一つ興味深いのは、**疾患特異的な QOL(Nuss Questionnaire=漏斗胸に関する困りごとを聞く尺度)**では上乗せ差が出た一方、一般的な QOL(生活全般の質)では出なかったことです。

Schroth 法とは何か

もともと側弯症に対して開発された、姿勢・呼吸・三次元的な自己修正を組み合わせる運動療法です。

漏斗胸に応用した研究はまだ少なく、この試験もその一つという位置づけになります。漏斗胸と側弯の関係については漏斗胸と側弯症で扱っています。

補助線として——漏斗胸とは別の集団ですが、姿勢運動が姿勢の角度を変えうること自体は、

上部交差症候群(UCS)に対する治療運動の効果:頭部前方位・丸い肩・胸椎後弯への影響に関する系統的レビューとメタ解析

詳細を見る → の系統的レビュー・メタ解析(上位交差症候群・22 研究 903 名)で、頭部前方位・巻き肩・胸椎後弯の 3 つについて報告されています。これは今回の主論文を直接補強する証拠ではなく、一般的な補助線として置いています。

🔴 これを「運動すれば治る」と読まないために

この研究で最も誤読されやすい点を、先に潰しておきます。

日本で同じことができるのか

正直に書きます。そのままの形では難しい部分があります。

  • 吸引ベルは、日本では医療機関で案内される場合でも器具が自費購入となる例があります(→ 漏斗胸の吸引ベル:効果と続け方
  • Schroth 法は日本では主に側弯症に対して行われており、漏斗胸に対する標準的な運動療法として広く提供されている状況ではありません

したがって、この研究の内容をそのまま「日本で受けられる治療」として期待することはできません。

現実的に持ち帰れるのは、治療メニューそのものではなく、「姿勢に働きかける運動を足すことで、姿勢と漏斗胸まわりの生活の質に上乗せの変化が出た試験がある」という方向性のほうだと思います。

自分で取り組む範囲の姿勢の整理は漏斗胸の姿勢改善ガイドに、筋トレで何が変わって何が変わらないかは漏斗胸の筋トレで凹みは治るのかにまとめています。

この研究の限界

  • ランダム化されていません(controlled clinical trial であって RCT ではない)。対照群がある分、無対照の研究より一段強いものの、確証的な試験ではありません
  • n = 35(19 対 16)と小規模です。有意差が出なかった項目については、差を検出する力が足りなかった可能性が残ります
  • 統計的に有意であることと、変化量が本人にとって実感できるほど大きいことは同じではありません。 本記事は p 値を中心に紹介していますが、効果量や「臨床的に意味のある最小変化量」との比較も本来は必要です
  • 多数のアウトカムを検定しています。 多重比較の補正が行われていない場合、偶然有意になった結果が含まれる可能性があります
  • 対象は思春期です。骨格の成長段階が違う成人にそのまま当てはめることはできません
  • 単一施設(トルコ)の研究です
  • 両群とも吸引ベルを使用しているため、運動単独の効果は分かりません
  • 変形重症度は人体計測指数、姿勢は側面写真からの角度計測です。いずれも画像診断による構造評価ではありません
  • 追跡は介入期間内であり、やめた後どうなるかは分かりません

当事者として、どう受け取ったか

私はこの結果を読んで、少し肩の力が抜けました。

姿勢や筋トレを続けていると、ときどき「これは何のためにやっているんだろう」と分からなくなります。凹みは変わらないと言われているのに続けている自分が、往生際が悪いだけなのか、意味のあることをしているのか——その判断がつかない時期がありました。

この試験が示したのは、こういうことです。運動を追加しても、変形重症度への明確な上乗せ差は確認されなかった。一方で、姿勢と疾患特異的 QOL には群間の違いが確認された。

論文臭い言い方ですが、ここを丸めると意味が変わってしまうので、そのまま書きます。そのうえで、私が受け取ったのは一行です。

凹みだけを、成果の物差しにしなくてもいい。

もちろん n = 35 の非ランダム化試験なので、これで確定した話ではありません。ただ、「凹みが変わらないなら無意味だ」という自分への否定に、少なくともこのデータは味方しないとは言えます。

大切な但し書き

  • 本記事は 1 つの臨床試験の紹介であり、個別の治療方針を示すものではありません
  • 運動中の胸痛・強い動悸・失神、安静時の息切れがある場合は、運動より先に医療機関を受診してください
  • 運動療法・吸引ベルの適否は、症状・年齢・重症度を含めて医師が判断するものです
  • 本記事は特定の器具・施設・療法を推奨するものではありません

まとめ

  • 漏斗胸の思春期患者 35 名で、吸引ベル単独 vs 吸引ベル+運動療法を比べた対照臨床試験が 2026 年に出た
  • 運動追加による上乗せ効果が確認されたのは、矢状面の脊柱姿勢漏斗胸に関連する QOL
  • 変形重症度の指標・可動性・筋持久力・一般 QOL では、明確な上乗せ効果は確認されなかった
  • 🔴 ただし 「確認されなかった」は「変化しなかった」でも「効果がゼロ」でもない。n = 35 では検出できない差が残りうる
  • 🔴 両群とも吸引ベル使用=運動単独の効果ではない。「運動すれば治る」とは読めない
  • 非ランダム化・n = 35・思春期・単一施設・体表からの重症度計測という限界がある
  • Schroth 法は本来側弯症向けで、日本で漏斗胸に対して同じ指導を受けられるとは限らない

要点を一文にすると、こうなります。

吸引ベルに Schroth ベース運動を追加すると、姿勢と漏斗胸に関連する QOL では上乗せ効果が確認された。一方、変形重症度や可動性、持久力、一般 QOL では、明確な上乗せ効果は確認されなかった。


本記事は、Kandemir ら(Prosthetics and Orthotics International・2026)の対照臨床試験を中心に、Sepehri 2024 のメタ解析を補助線として整理したものです。非ランダム化・小規模・思春期対象という限界があり、成人への一般化はできません。