銭湯・温泉に行けない。プールの更衣室で背中を向けて着替える。Tシャツ 1 枚で歩くのに抵抗がある。

漏斗胸の悩みは、胸の凹みそのものだけでなく、人前で脱ぐ場面や身体を見られる場面で強く現れることがあります。

この感覚を、研究データで裏付けたのが慶應義塾大学の Matsuda 2024。漏斗胸の手術予定患者 129 名を対象にした横断研究で、43.4% が社交不安を示すスコアを示しました。

この記事では、その数字をどう読むか、何が言えて何が言えないかを、論文ベースで整理します。

「社交不安」とは何か

医学的な「社交不安」は、人前で見られたり評価されたりする場面で、強い不安や緊張が出る状態を指します。

英語では SAD(Social Anxiety Disorder) と呼ばれることもあります。日本語では「社交不安障害」「社会不安障害」と訳されることが多いです。

この程度を測るために、研究でよく使われるのが LSAS(Liebowitz Social Anxiety Scale)という尺度です。日常生活の 24 場面(人前で話す・知らない人と話す・公衆トイレを使う、など)に対して、不安の強さ回避の度合いを点数化します。

研究上は、LSAS が 44 点以上だと、社交不安障害の可能性を考える基準とされることが多いです(あくまで臨床診断ではなく、スクリーニング閾値)。

**この記事は診断を目的とするものではありません。**LSAS は研究・臨床で使われるスクリーニング尺度です。不安が生活に支障をきたしている場合は、医療機関や心理専門職への相談も選択肢になります。

Matsuda 2024:何を調べた研究か

B RCT・前向き観察 mental

漏斗胸患者の QOL・心理状態・性格特性

Matsuda K et al. · 2024 · JTCVS Open
・PE 患者 129 名のうち PHQ-9 ≥10(抑うつ傾向)が 10.9%(一般日本人 5.6% の約 2 倍)
・LSAS ≥44(社交不安障害)が 43.4%
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慶應義塾大学医学部の呼吸器外科と神経精神科が共同で行った前向き横断研究です。

  • 対象:慶應大学病院で Nuss 手術を予定していた漏斗胸患者 129 名
  • 期間:2019 年 7 月〜2021 年 4 月
  • 平均年齢:24.6 歳(11.5 SD)
  • 男女比:男性 83.7% / 女性 16.3%
  • Haller index 平均:5.31(重症寄り)

患者には、複数の質問票に回答してもらいました:

  • SF-12(健康関連 QOL)
  • PHQ-9(抑うつ症状)
  • LSAS-J(社交不安・日本語版)
  • GSES(自己効力感)
  • NEO-FFI(性格特性)

その結果を、一般日本人の標準値(norm)と比べた、というのが研究の骨格です。

結果:43.4% が LSAS の基準以上

129 名のうち 56 名が、社交不安を示す基準とされる LSAS 44 点以上でした。

同じ研究で、抑うつのスコア(PHQ-9 ≥ 10)も 10.9%(14 名)が該当しました。一般日本人の PHQ-9 ≥ 10 の頻度は 2.0〜15.5% と幅があるため、抑うつ単独では「明確に高い」とは言い切れません。

ただし社交不安については、一般人口での SAD 推定有病率(数 % 程度)と比べてかなり高い割合が出ています。

研究内の主要な心理指標:基準以上の割合

Matsuda 2024 / n=129

該当者の割合(%) 0 10 20 30 40 50 43.4% 社交不安 (LSAS ≥ 44) 56 / 129 名 10.9% 抑うつ傾向 (PHQ-9 ≥ 10) 14 / 129 名 5.4% 既存精神疾患の併発 7 / 129 名 心理指標
データを表で見る
心理指標 該当者の割合(%)
社交不安 (LSAS ≥ 44) (56 / 129 名) 43.4%
抑うつ傾向 (PHQ-9 ≥ 10) (14 / 129 名) 10.9%
既存精神疾患の併発 (7 / 129 名) 5.4%

出典: Matsuda 2024

自己効力感(GSES)も一般人口の標準値より低く(46.1 対 50、p = .001)、外向性(NEO-FFI)も低い傾向(46.5 対 50、p < .001)でした。一方で、身体的健康(SF-12 の PCS)と精神的健康(MCS)の全般スコアはむしろ標準より高い結果でした。

つまり、漏斗胸の手術予定患者は「全般的には健康だが、社会的役割の QOL と社交不安の領域だけ大きく沈んでいる」というプロファイルです。

重要な注意:対象は「手術予定患者」

この 43.4% という数字を読むときに、合わせて押さえておきたい条件があります。

研究の対象は、慶應大学病院で漏斗胸の手術を予定していた患者 129 名です。

  • 軽度で受診していない人
  • 中等度で経過観察中の人
  • 過去に手術を受けた人

これらの集団は含まれていません。また、慶應大学病院という単一施設のデータです。

したがって「漏斗胸の人全体の 43.4% が社交不安」ではなく、「手術を選んだ集団の 43.4% が社交不安のスコアを示した」と読むのが正確です。

ただし、手術を選ぶに至った人ほど症状や悩みが重い、と考えれば、未受診層も含めた漏斗胸全体で、社交不安が一般人口より多い可能性は考えられます。一次データで確認するには、別の集団での研究が必要です。

Haller index と LSAS に有意な相関は見られなかった

この研究のもう一つの重要な発見が、胸の凹みの物理的な深さ(Haller index)と心理アウトカムに、明確な相関がほぼ見られなかったことです。

抑うつ(PHQ-9)でも、自己効力感(GSES)でも、結果は同様でした。

指標Haller との相関 rp 値解釈
LSAS(社交不安)0.042.636有意な相関なし
PHQ-9(抑うつ)0.092.300有意な相関なし
GSES(自己効力感)0.042.639有意な相関なし
Matsuda 2024 (Table E2) / n=129

つまりこの研究のデータでは、胸の凹みが深いほど社交不安が強い、とは言えなかったということです。

「軽症だから苦しくない」とは言い切れない

ここから導かれる読み方が、この記事の核心です。

漏斗胸の重症度を測る指標として広く使われている Haller index は、胸の 物理的な深さ を測るものです。手術適応の判定(多くの施設で 3.25 以上が目安)にも使われます。

ところが Matsuda 2024 のデータでは、Haller index と社交不安・抑うつ・自己効力感のいずれにも、有意な相関は見られませんでした。

これは「胸の凹みの深さだけでは、心の負担の大きさは説明しきれない」ことを示しています。

  • 軽度の漏斗胸でも、社交不安が強い人がいる
  • 重度の漏斗胸でも、人前にあまり抵抗のない人もいる

「軽症だから気にしすぎ」「重症じゃないと苦しくないはず」という見方は、少なくともこの研究のデータからは支持されません。

この記事の要点(中間まとめ)

  • 43.4% は 手術予定患者 129 名 のデータ
  • Haller index と社交不安には 有意な相関が見られなかった
  • 胸の深さだけで苦しさは測れない
  • 生活場面の回避を 言語化することが出発点

生活場面で何が起きるか

社交不安は、抽象的な「不安」ではなく、具体的な生活場面で立ち上がります。

漏斗胸の文脈では、典型的に以下のような場面が挙げられます。

場面何が起きやすいか
更衣室・浴場胸を見られる不安・着替えの位置取りに気を遣う
温泉・銭湯逃げ場のない露出・行く機会そのものを避ける
プール・海上半身を出す前提の場面そのものを回避
Tシャツ 1 枚胸の輪郭が出やすい服を選ばない
親密な関係相手に身体を見せる場面で強い緊張
学校・職場健康診断・スポーツ・更衣室での着替え
漏斗胸当事者が回避しやすい場面の例

Matsuda 2024 では、これらの具体的な行動回避までは測定していませんが、LSAS が想定する「人前で評価される場面の不安と回避」と整合する形で、当事者の生活上の悩みは語られています。

別の研究では具体的な回避行動が語られている

スウェーデンの Norlander 2024(n=19)は、漏斗胸の手術予定患者にインタビューを行った質的研究です。Matsuda 2024 が「数字」で示した部分を、当事者の 生の語り で記述しています。

C 小規模・後ろ向き mental

漏斗胸を抱えて生きる経験:手術前の当事者インタビュー研究

Norlander L et al. · 2024 · PLOS ONE
・漏斗胸手術予定の患者 19 名(男性 17 / 女性 2・平均 22 歳)に半構造化電話インタビューを実施した質的研究
・中核テーマ:「胸に凹みがあるか・ないか、それは違いを生みうる」
詳細を見る →

この研究では、参加者が日常で行ってきた 戦略的な回避行動 が具体的に記述されています。

  • 公の場で着替えるとき、最初か最後にシャワーを浴びる か、壁を向いて着替える
  • 腕で胸を隠す(「肩のあたりを掻くふりをして、手で胸を覆う」)
  • タイトな服や胸の輪郭が出る服を避ける
  • 体育の授業後のシャワーや海でのサンサバを避けるための 言い訳を準備する
  • 「私はみんなと同じになりたいだけ」(参加者の語り)

これらは Matsuda 2024 の 43.4% という数字の裏で、実際に当事者が日々行ってきた行動の一端です。

なお Norlander 2024 では、参加者の語りの中に 「ずっと隠して生きるなら、生きる価値がない」と表現するような重い感情 に触れた言及もありました。心理的な負担が、社交場面の不安以上の深さに達することがあるという報告です。気分の落ち込みが続く場合は、心療内科・精神科・臨床心理士などへの相談も選択肢になります。

年齢と関連した心理指標

Matsuda 2024 では、患者の 年齢 と複数の心理指標の間に、いくつかの関連が報告されています。

指標年齢との相関 rp 値
自己効力感(GSES)-0.260.003
精神的 QOL(MCS)-0.275.002
神経症傾向(NEO-FFI)+0.218.013

これらは「年齢が上がるほど、自己効力感が低めに出る/精神的 QOL が低めに出る/神経症傾向が高めに出る」傾向を示しています。

ただし注意:LSAS(社交不安)と年齢の相関は r=0.161、p=.068 で、有意とは言いにくい水準でした。つまり「年齢で社交不安が強くなる」と単純に読むのは正確ではありません。

それでも、自己効力感や精神的 QOL を含めて見ると、漏斗胸を長く抱え続けるほど、生活への影響が積み重なっていく可能性は、このデータからは示唆されます。横断研究のため、因果は断定できません。

著者らの解釈

Matsuda 2024 の著者は、結果を踏まえて以下のような流れを 仮説として 提示しています(横断研究のため、因果は確定していません)。

外見上の問題(胸の凹み)

自己効力感の低下

社交不安・内向性の傾向

社会参加の減少

社会的役割の QOL 低下

「外見上の問題が、社会参加・自己効力感・不安に関わる可能性」というのが、著者らの読み方です。

著者は議論の最後で「手術適応を、Haller index などの物理指標だけで決めるべきではなく、心理社会的影響を考慮すべき」と提言しています。

どう向き合うか

この記事のデータは「漏斗胸の手術予定患者には、社交不安が珍しくない」ことを示していますが、「だからこうすればいい」という処方箋ではありません。

それでも、以下のような方向性は、論文ベースで整理できます。

対処の方向性何が期待できるか研究の現状
自分の状態を記録する回避行動・場面・気分の言語化セルフモニタリング自体は心理療法の基本
4 本柱のメンタル領域を読む認知のクセを整理する手がかり漏斗胸特化の心理介入研究はまだ限られる
心療内科・精神科・臨床心理士に相談社交不安の評価・治療選択肢の検討社交不安一般に対する心理療法・薬物療法は確立
呼吸器外科で手術選択肢の評価物理的修復(Nuss 法・Ravitch 法など)心理面への波及は研究途上
社交不安と漏斗胸に対する対処の方向性(断定ではなく選択肢)

このうち 認知行動療法(CBT)は、社交不安一般に対して使われる心理療法の一つです。ただし、漏斗胸患者を対象に CBT の効果を直接示した研究は限られるため、この記事では「考え方のヒント」として扱います。

受診を考えたい目安

以下のような状態が続く場合は、心療内科・精神科・臨床心理士などに相談する選択肢があります。

  • 人前で脱ぐ場面を極端に避ける状態が長く続いている
  • 学校・仕事・恋愛・友人関係に支障が出ている
  • 不安のせいで、行ける場所・できることが狭くなっている
  • 自分の身体を強く責め続けている

漏斗胸が原因とは限りませんが、整理してくれる相手がいるだけで、選べる行動の幅は変わります。

まとめ

Matsuda 2024 の研究で読み取れたこと:

  • 漏斗胸の手術予定患者 129 名のうち、43.4% が社交不安のスコア基準以上 だった
  • ただしこの数字は、手術を選んだ集団 の特性であり、漏斗胸全体に直接当てはめるには注意が必要
  • Haller index と社交不安・抑うつ・自己効力感に、有意な相関は見られなかった
  • 年齢と関連して、自己効力感・精神的 QOL・神経症傾向のスコアに傾向が見られた(社交不安自体は有意でない)
  • 著者らは「物理指標だけでなく、心理社会的影響も考慮すべき」と提言

そして、この記事のいちばん伝えたいことは、シンプルです。

漏斗胸の苦しさは、胸の深さだけでは決まらない。

物理的な指標と、生活で起きていることと、自分のなかで起きていること。 この 3 つを別々に見て、それぞれを言葉にしていく。それが、自分の状況を整理する出発点になります。


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